フランスはなぜ文化芸術大国なのか?ARTと社会の良い関係とは

近頃、書店のビジネスコーナーではARTの書籍をよく見かける様になりました。ARTが注目される背景には、感性・美意識・創造性といった精神的豊かさを求める意識が反映されているのかもしれません。しかしながら、日本においてARTは一般に身近な存在ではありません。一方、文化芸術の求心力によって世界中から人が訪れるフランスでは、人々の生活、教育、企業といった社会活動において、ARTはどの様な存在なのでしょうか?日本と比較して経済・人口ともに規模は小さくとも唯一無二のポジションを構築しているフランスに、私たちが学ぶ事が多くあるのではないか?その様な思いを持って今年5月、筆者はパリを訪れ調査をしました。日本におけるARTと社会の良い関係を考えるきっかけとなれば幸いです。

ノートルダム大聖堂 / 筆者撮影

今年4月にフランスの象徴とも言えるパリのノートルダム大聖堂が火災に見舞われた事は、記憶に新しいのではないでしょうか。当時、ラグジュアリーブランドグループ「ケリング」のオーナー家、「モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」(LVMH)や化粧品大手「ロレアル」などが多額の寄付を表明し、わずか3日以内に1000億円を超える寄付金が集まり話題となりました。

筆者も実際にパリ到着後、すぐにノートルダム大聖堂を見に行きました。天井は崩れ落ち、バラ窓には穴が開き、屋根に修復用の鉄骨が載っている大聖堂の姿には火災の凄まじさを感じました。

人々はセーヌ川に沿って周辺を囲み、多くの人が関心を持って見ていました。付近のベンチに祈りとも取れる花束が置かれていた光景が印象に残りました。

この一件は、単に歴史的建造物が火災に見舞われたと言う事以上に、フランス国民の文化芸術に対する姿勢を垣間見る機会だったのではないかと思います。この様な、自国の文化芸術を重んじる価値観はどの様に形成されるのでしょうか?

パリの街並み/ 筆者撮影

芸術の都パリでは、市街地や公園、商店街、住居の中に至るまで、人々の生活の中にARTが自然に存在しています。パリの街全体が美術館と言っても過言ではなく、この様な洗練された環境で生活をしていたら、日頃から美意識が磨かれ、文化芸術に対する教養も自然と育まれる事は想像に難くありません。

美術館に行くと子供達の課外授業や、入館者向けのレクチャーをしている風景を、必ずと言って良いほど目にします。学校と美術館、芸術家が連携したネットワークを持っており、幼少期からの美術教育プログラムが充実しています。

ARTが身近にある教育環境で、体験を通じて楽しみながら、古代文明からコンテンポラリーアートまで、体系的に芸術の歴史を学びます。多様な芸術に親しんだ経験は、文化芸術を重んじる価値観を養い、その子供達があらゆる仕事を担う大人になり社会を形成します。そして、また自身の子供も自然と教養を学び育っていく。良い循環が人々とARTの距離を近くする事につながっているのです。

美術館での課外授業風景/ 筆者撮影

では、フランスにおいて、企業と芸術はどの様な関係なのでしょうか?

フランスの企業がどの様に文化芸術を支援しているか調査を行う為に、フランス商工業メセナ推進協会(ADMICAL)を訪れました。

筆者とADMICALスタッフ/ 筆者撮影

ADMICALは企業の芸術文化支援を推進する民間連合組織として1979年に設立されました。機関紙の発行、調査研究、顕彰事業、セミナー、コンサルティングなどを行っています。フランスでは伝統的に芸術や公益に関することは政府の管轄と捉えられてきたため、民間の文化支援といえば資産家などの個人によるものが主流でしたが、80 年代に寄付税制等の法改正が進み、企業によるメセナ活動が活発化しました。

フランスの企業メセナでは、2018年の加入企業約82000社の内、96%が中小企業です。支出額の割合においては大企業が全体の57%を占めています。メセナ実施企業全体の総予算は3〜3.6億ユーロ(≒4000億円)。メセナの対象となる分野は 1 位:ソーシャル28%、2 位:文化芸術/遺産25%、3 位:教育23%、4 位:健康11%となっています。(表1)

この様にフランスの企業メセナ参加企業において文化芸術に対する意識が高く、日本と比較すると支援の裾野の広さがわかります。

(筆者訪問時の記事はこちら

表1

出典:フランス商工業メセナ推進協会ウェブサイト (参照2019年8月20日)


また、行政と企業と芸術家という視点から、フランス文化・通信省(Ministère de la Culture et de la Communication)の組織の一つである芸術創造総局(La Direction générale de la création artistique)に訪れました。

芸術創造総局(以下DGCA)では「Résidences d’artistes en entreprises」と言うユニークな取組みがなされています。日本語で解釈すると「企業におけるアーティスト イン レジデンス」と言う意味です。

「アーティスト イン レジデンス」とは?

アーティスト イン レジデンスとは、国内外からアーティストを一定期間ある異なった文化や環境に招へいし、滞在中の活動を支援する事業です。1950年代から60年代にかけて、欧米においてシステムが誕生し、日本においても様々な地域で実施されています。(筆者も過去に山口県美祢市「秋吉台国際芸術村」のプログラムに参加した事があります。)

つまり、フランスの行政はアーティストが企業に滞在し活動する事業を行っていると言う事です。「アーティスト イン カンパニー」と言い換える事も可能でしょうか。

このプログラムでは、応募の中から審査を通過した芸術家がDGCAの資金援助等のサポートを受けます。企業はアーティストが滞在する間、企業は場や素材、技術指導などのサポート行いプロジェクトを進めます。(表2)

表2  Résidences d’artistes en entreprises関係図

出典:筆者作成

企業としては、対外的なイメージの向上、新しい視点やイノベーションのアイデアが得られるといったメリットがあります。芸術家としては、仕事の受託に加え、企業のサポートのもと新しい環境において制作が行う事ができます。単に完成された芸術作品を資産として購入する、あるいは活動団体に金銭を寄付する往来の在り方ではなく、芸術家と制作プロセスを共有し、新しい価値を共創するという取組みに可能性を感じます。

人口が減少し国内のマーケットが縮小する事業環境において、企業は独自性や差別化を求められていますが、「感性・美意識・創造性」といった能力を持つ芸術家と企業がパートナーシップを組む事で新しい風をもたらすかもしれません。

アーティスト イン カンパニーは、アウトプットの応用を考えると、新規事業のアイデア、オリジナル商品やサービスの開発、組織内コミュニケーションの活性化、ブランディングといった経営課題に効果が有り得るのではないでしょうか。

この様に、フランスにおけるARTと生活、教育、企業の関係を見てきましたが、今回の調査で分かった事は、フランスのあらゆる日常においてARTが自然に存在し、文化芸術を重んじる価値観が育まれ、行政・企業と多様な連携があり、人の生活に精神的豊かさを与えているという事でした。

日本もフランスと同じく、長い歴史の上に築かれた、豊かな文化芸術の資源に恵まれた国です。しかし、現代において社会活動と芸術の間に未だ距離があるのはなぜなのでしょうか?

その一つの理由としては、経済成長を第一に追い求めた近代において、芸術は中心的テーマではなく可能性と価値が見落とされてきたのだと思います。筆者は精神的豊かさが求められる現代において、「感性・美意識・創造性」を育むARTと社会が良い関係で共創している姿こそ、真に豊かな国として望ましいと思います。

令和という新しい時代を迎え、私たちは文化芸術をどの様に生かしていく事が出来るか?今問われているのではないでしょうか。

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